夢を見る・・・

そこは広大な・・・そして美しい広間・・・

そこに俺は独り立ちすくむ。

(そうだ・・・俺はこの夢を良く見る・・・師匠から修行を受け始めてから)

あの大災禍の夢も見るがここ三・四年で限定すれば一週間に四日は見ている夢・・・

そこは碧石(サファイア)で創られたかのように蒼い光が辺りに瞬く。

その奥に何か見える・・・そこには・・・一つの玉座があった・・・そこに何かが鎮座している・・・だがその何かに眼を凝らそうとすると・・・意識はそこで暗転する。

何時もそうだ・・・玉座の何かを見ようとすれば意識は暗転するのだから・・・まるでそこに到達するのは、まだ早いと言わんばかりに・・・

聖杯の書六『絆』

「ん・・・ここは・・・」

眼を覚ました俺の視界には見慣れた自室の天井。

「あれ・・・なんで俺生きているんだ??」

首を捻る。

自分でこう言うのもなんだが、アサシンから受けた傷はどの傷も致命傷クラス。

背中の五本はことごとく内臓を傷付け、更にうち二本は肺を貫いていた。

到底無事で済むものではない。

それなのに、背中や腹部には傷跡一つ無い。

それどころか刺さっていたと言う痕跡すらも無い。

始めから、何も無かったかのように・・・

どう言う事だ?

時間は・・・倒れてからほぼ半日と言った所か。

既に周囲は暗くなっている。

「凛か桜に助けられたのか??礼を言わないとな」

そう言って俺は静かに立ち上がり、いつもの様に枕元に置かれたグローブをはめる。

「というか・・・拾ってくれたんだな・・・セイバーかな?礼を言わないと」

それから居間に向かった。







居間には、

「え、衛宮君??」

「先輩!!」

凛と桜がいた。

「あ〜二人とも・・・」

何か言う前に俺は二人に食って掛かられた。

「あんたね!!一体何考えているのよ!!サーヴァントと一対一で戦うは敵のマスターを庇うは一体自分の命なんだと思っているのよ!!」

「そうです!!先輩、あの時先輩が死んじゃうと思ってどれだけ心配したと思っているんですか!!」

口調や表情から二人を心底心配させた事が嫌でも知れた。

「・・・ごめん二人とも」

「・・・はあ・・・まあ良いわ。これからは気を付けなさいよ」

「先輩・・・でも先輩が無事で良かったです」

取り敢えず矛先が収まったのを見て俺が早速疑問を問い質そうとすると

「シロウ!!起きても大丈夫なのですか!!」

「シロウ!!」

セイバーとイリヤが居間に飛び込んできた。

「ああ、すまない心配させ」

その言葉より早くイリヤが俺に飛び込む。

「シロウ!!シロウ!シロウ!シロウ!シロウ!!・・・・・・・シロウ・・・生きてるよね?」

「ああ・・・ごめんなイリヤ・・・それとすまなかったセイバー・・・」

「い、いえ・・・それよりも!!なんと言う無茶をするのですか!!バーサーカーと一対一で打ち合う上に敵である筈のイリヤスフィールを身をもって守るなどとは!!!

そう言って延々と俺にお説教をしてくるセイバー。

漠然と思ったのだがセイバー、俺よりも凛と相性が会いそうな気がする。

最もそれであくまが二匹に増えるのはごめん被る。

「本当にすまなかったセイバー・・・でだ、一つ聞きたんだが俺の怪我誰が治したんだ?凛か桜?それともセイバーか?それかイリヤか?」

下手な藪蛇は避けたいので無難に謝罪してから俺は先程から抱いていた疑問をぶつけた所、全員がキョトンとした視線を向けてくる。

「なんだ、どうしたんだ?」

「先輩覚えていないんですか??」

「何を?」

「あんたあの大怪我自分で治したのよ」

「はあ!!」







「シロウ!!シロウ!!目を覚ましてよ!!」

イリヤの絶叫が木霊する中、凛は懐からある物を取り出そうとしていた。

それは父から譲り受けた本来ならばこの『聖杯戦争』における切り札たる宝石。

その魔力量たるや瀕死の人間をも蘇生させうるほどの物。

これなら彼を救える。

(ごめんなさい父さん)

一瞬迷ったがそれを振り切るように懐から取り出した時、

「凛」

「どうしたの?アーチャー」

「衛宮士郎の様子が変だ」

「変って・・・」

その時漸く凛も把握した。

士郎の身体より魔力が湧き上がり、背中と腹部に突き刺さったままの短剣が自然に抜け落ちる。

更に暫く血が流れていた傷口も見る見るうちに塞がり、僅か十分ほどで士郎の傷は完全に塞がってしまっていた。

穴の開いた服と血で汚れた周囲、これが無ければ士郎が重傷を負ったなど誰が信じるだろうか。

「ちょっと何よこれ?」

「どう言うからくりかは知らぬがこの男には治癒の術が施されているようだな・・・それで凛どうするかね?」

「どうするって?」

「今ならこの男を殺すなり令呪を奪うことが出来ると思うが」

「やれるの?」

「問題は無い。私がセイバーを暫く押さえ込む。その隙を突けば良いだろう」

「じゃあ少し修正して。あんたセイバーとバーサーカーを相手にしないといけないわよ」

倒れている士郎を必死で介抱するイリヤ。

そしてその周囲をセイバーとバーサーカーが守るように立ち塞がっている。

「む・・・」

凛の指摘にアーチャーが唸る。

確かに最良のセイバー、最凶のバーサーカーを相手とするには危険すぎた。

上手く事が成功しても自分が消滅しては元も子もない。

「それに、ここで倒れている人間を襲った所で、今度は私の後味が悪くなるから止めておくわ。取り敢えず桜、一旦衛宮君の家に戻りましょう」







話を一通り聞いて俺の感想は無論

「冗談じゃないよな」

「これが冗談だと思える?」

「いや、思わない」

「正直に答えてね衛宮君、あなたどんな治癒の術を自分に施したの?」

「冗談言うな。俺は治癒とかはてんで駄目だぞ」

「じゃあ何であんたの傷は治ったのよ」

「そ、それは・・・セイバーの力じゃないのか??」

あくまに変貌を遂げつつある笑顔の凛から逃れようと必死に助けの視線を向けるが

「申し訳ありませんが私からは何もしていません」

「本気でか?」

「はい、あれはやはりシロウ自身が行ったとしか思えません」

ますます訳が判らない。

俺は治癒だのそんな呪いは施していないし、ゼルレッチ老はそんな事・・・してるかもしれない・・・それも俺に内緒で・・・

だが、事『大聖杯』破壊に関する事は包み隠さず説明する。

そうなるとまったく別の要素??

どちらにしてもここは上手く説明をつけないと・・・

いや・・・待てよ。

そう言えば・・・あの時師匠方はなんと言っていた?

「まあ、良いわ。ともかく今後は気をつけなさいよ。私達だって知り合いに死なれちゃ夢見が悪いですもの」

と思っていたが、凛の方で納得したらしい。

「ああ、わかっている」

「本当にわかっているのかどうか・・・で、衛宮君後もう一つ聞きたいんだけど」

「はい?」

「バーサーカーと打ち合ったあれ何なの?」

あっ・・・背筋がマジで凍て付いた。

凛さん・・・いえ、凛様、そんな視線ではお美しい顔が台無しですよ。

まるで親の敵を目の前にしている様な・・・

えっと・・桜さん・・・駄目か・・・同じ様な眼をしている

セイバー・・・マスターのピンチですが・・・なんなのですか?その眼は?裏切る気か?裏切る気なのですか?

イリヤもう君だけが・・・なんだ〜その興味津々な視線は〜

四面楚歌ってこういう状況をさすのか・・・

「えっとな・・・ノ・・・ごめんなさい。申し上げます」

出来れば『ノーコメント』と言いたかった。

でも出来ません。

狂化したバーサーカークラスの殺気を全方位から浴びせられてはどうしようもありません。

「で、あれはどんな宝具なの?バーサーカーと打ち合ったんだからよほどの宝具なんでしょう?」

「あ〜凛まず訂正だが・・・あれ全部宝具じゃない」

「「「「・・・はい?」」」」

はもった。

「・・・シロウ・・・もう一度聞かせて下さい・・・あの三つの宝具はなんていうのですか?」

セイバーさん、どうして敵を前にした時より恐ろしい殺気を出すんですか?俺はマスターでは無いのですか?

「だから・・・あれは宝具じゃない。最初出したのが『方天戟』、次の出したのが無銘の矛、最後が『青竜堰月刀』だが・・・」

ガタガタ震えだす凛・・・あっ来る。

「何ですってーーーーーーーー!!!」

耳を塞いだから良かったが・・・気絶した方が良かった・・・

眼の前にはあかいあくまがいるよ・・・親父・・・彼女はこれでも学園では猫の皮百枚単位で被っている優等生で生徒皆の憧れのマドンナなんだよ・・・現実って厳しいよな。

「どう言う事?何でそんなチャチな武器でバーサーカーと対等に戦えるの?詳しく私にも判る様に説明してくれない?衛宮君・・・」

こう言うのが嵐の前の静けさと言う奴なのか・・・出来れば知りたくなかった。

でも・・・もっと知りたくなかった事が右隣にある・・・いや、いる。

「先輩・・・私も知りたいです。是非教えてください。教えていただかない時には・・・クスクスクスクスクスクス」

あくまがいるよ・・・くろいあくまがここにいるよ・・・

やっぱり桜は凛の妹なんだ・・・

凛が猫被っていたって知った時より百倍は悲しいな・・・

「さっきも言ったんだが俺が出したのは宝具でも何でもないただの武器だ。でもな俺は更に投影した武器からその担い手の力量・技量ついでに記憶これら全てを引き出して俺に装備させただけなんだが・・・」

「だけじゃないわよ!!何それ?じゃああんたどんな担い手を引き出したのよ!」

「えっとな・・・『方天戟』では呂布、次の矛が項羽。最後の『青竜堰月刀』が関羽となります」

「・・・あんた本気で一度調べさせて」

「勘弁して下さい」

「先輩こんなのもう異常と言う言葉でも片付けられません。非効率である筈の投影を実用に耐えられる様にして最終的にはその担い手になりきれるなんて・・・」

「だけどな・・・負担が大き過ぎるからほとんど使っていないぞ」

「そんな事言ってもそんな魔術もう投影のジャンルじゃ片付けられないわよ。一体どうやれば出来る訳?」

俺が聞きたいです。

偶然出来たのですから。

「どちらにしろ『聖杯戦争』が終わったら本気で一度隅から隅まで調べさせてもらうから覚悟しておきなさいよ」

なんか無性に逃走したくなってきた・・・

「それは保留にしておいて・・・取り敢えず凛、桜これからだが」

「それだけど、私と桜も士郎、あんたと手を組む事にしたわ」

「はい?」

いきなり訳のわからん事を言われた。

「あ〜凛」

「な、何よ」

「一先ず聞きたい事が二つある。一つ目、何故に俺を名前で呼ぶ様になった?」

「!!!!」

何故か凛は激しく動揺した。

「べ、別に良いでしょうが!!私が『衛宮君』と呼ぼうが『士郎』と呼ぼうが!!」

「確かにどちらでも構わない。ただ、今までは・・・というかついさっきまで俺の事は『衛宮君』だったろう??それがなんで急に」

「だ、大体あんたは私の事名前で呼んでいるでしょう!!それに呼びやすいじゃないの!『衛宮君』よりも『士郎』の方が!!」

「まあ、それはそうだが・・・でもな・・・」

更に疑問を投げ掛けようとしたが、それを遮る様に

「それとも・・・士郎は嫌??」

そんなありえない事を不安げな表情でそれも上目遣いで言われた日には萌えるでしょう。

「その様な事はございません。どうぞ呼んで下さい」

なぜか丁寧語となっている。

それに対してどういう訳か冷ややかな視線を向けるセイバー・イリヤ・桜。

「ま、まあなんだ」

何がなんだなのかは不明だが俺は話を続ける。

「二つ目いきなりどうしたんだ、同盟を組みたいだなんて?バーサーカーと戦う前までは敵同士と言っていた筈じゃあ」

「ええ、そう言っていたわ。でもね状況が一変したのよ」

「状況??」

「あんたの所為に決まっているでしょう!!!士郎!!人間の身でサーヴァント、それも最凶のバーサーカー、最上級のヘラクレスと十合だけでも互角に打ち合う。ばかすかと宝具級の武器を投影で呼び出して使う。挙句の果てには担い手の全てを装備できて、止めとばかりに化け物じみた回復能力、あんた本当に人間??おまけに無い無いづくしでサーヴァント呼び出せば残り物でもセイバーを引き当てる、それもこんな可愛い女の子だなんてどう言う事よ!!」

「り、凛、お、落ち着けって」

暴走したあかいあくまをどうにか宥める。

「話は判った。しかしそれでも」

「ええ、判っているわ。何で手を組むかでしょう??簡単よ。いくら何でもセイバーとバーサーカーのコンビを相手する気は無いって事よ」

「は?セイバーとバーサーカー??」

「ええ、そうよ。私はシロウとコンビを組むの」

今まで黙っていたイリヤが口を挟む。

「なんたって私はシロウの家族なんだから。お客様に過ぎないリンやサクラ、それにたった数日前にサーヴァントになった何処かの誰かさんとは比較にならない絆を持っているの」

ふふんと笑うイリヤ。

と言うか頼むイリヤ、あかいあくま達を挑発しないでくれ。

「まあ、シロウと私のバーサーカーついでにセイバーがいれば何の問題ないし特別に見逃して上げるから家でサーヴァントに守られながら震えて待っていたらって言ったらリンもサクラもむきになっちゃってさ」

それはなるだろう。

それよりもイリヤ、よりにもよってセイバーをついで扱いですか?

最良のサーヴァントである筈のセイバーを?

普通は逆だろう。

『セイバーと私のバーサーカーついでにシロウ』の。

ああ、ほらセイバーが凄い眼で睨んでいる。

いや、セイバーだけでなく桜もそうだし。

凛に至っては眼からガンド打ち出さんばかりに何故か俺に狙い定めているよ。

「そ、それで勝ち馬に乗ろうと??」

「・・・あんた本当、身も蓋の無い言い方するわね??まあその通りよ」

悪い?とばかりにこちらを見る。

「まあ、正しい判断だよな。俺もお前達と敵対なんてしたくないし。まあこれからよろしくな」

取り敢えずこの話題はそれで打ち切る。

「じゃあこれからどうするんだ一旦家に帰るのか?」

「何言っているのよ。私達同盟結んだんだからそれなら士郎の家にいた方が効率いいでしょ?」

「それもそうか。じゃあ部屋は離れで良いか?」

「はい構いません」

「あとは・・・荷物は?取って来るのか??それなら手伝うが」

「へ?何言っているの??」

「荷物ならアーチャーさんとライダーが」

そう言っていると中庭からドスンと音が聞こえた。

「凛、もって来たぞ」

「サクラこれで宜しいですか??」

そこには着替えやらなにやら諸々を詰め込んだと思われる複数のボストンバックを地面に降ろしたアーチャーとライダーがいた。

「ええ。ありがとうライダー」

「それとアーチャー家の方は?」

「抜かりは無い。ちゃんと内装工事中との立て札を立てた。最もそれが無くとも屋敷に侵入する者がいるとは思えんがな」

なるほど、俺が気絶している間に既に諸々の事は進んでいたらしい。

「取り敢えず、藤村先生には家が緊急の内装工事で暫く士郎の家に厄介になるって話にするから、あんた上手く話を合わせなさいよ」

「先輩、すいませんがよろしくお願いします」

この周到ぶりにもはや俺は笑うより術を持っていなかった。

「あっそうだ・・・」

不意に俺はある事を思い出した。

「セイバー俺のグローブ拾ってくれたのはお前か?」

「えっ?はいと・・・本当は言いたいのですが最初拾ったのはライダーです」

「そうか・・・」

それを聞くと俺は荷物を居間に運び込んでいるライダーに

「ライダー」

「なんでしょうか?セイバーのマスター」

「いやなに。セイバーから聞いた。グローブを拾ってくれたんだってな・・・ありがとう」

俺が頭を下げると、なぜかライダーがぽかんとした表情を作る。

「??どうかしたのか?」

「いえ・・・ずいぶんと面白い人だと思いましたので・・・サーヴァントである私に礼を言うなんて・・・」

「そんなものか?俺にとっては大事な物だから拾ってくれた礼を言っただけだけど」

だがそうかもしれない。

常日頃、師匠であるゼルレッチ老を始めとして志貴の所のアルクェイドさんにアルトルージュさんと・・・並外れた人外と接し過ぎているからそう言った感覚が麻痺しているのかもな・・・

「まあいいか・・・ああ、すまなかったな作業の邪魔しちまって」

「いいえ、お気遣いなく」







アーチャーとライダーが持ってきた荷物を手分けして離れに運び込んでから再び居間に戻る。

と、そこに

「シロウ」

イリヤがやって来た。

「どうした?」

「シロウに聞きたい事があるの」

「聞きたい事??」

「シロウ、あなたどうやって聖杯の真相を知ったの?」

これはまた痛い所を突いて来た。

「えっと・・・ノーコメントは」

「それをしたらリンやサクラ、セイバーも呼んで全員で問い詰めるわよ」

「勘弁してくれ」

こちらの身が本気で持たない。

「じゃあ教えてねシロウ」

「ああ判ったよ。その代わりこれは」

「大丈夫よ内緒って事でしょ」

「ああ、頼むぞ。特に凛には知られたくないから」

「ええ」

イリヤに何度も誓約させた上で俺はごにょごにょと耳打ちをする。

「・・・えっ?・・・!!!ええええええええええええええええええ!!!!シロウって!!!

「こ、声がでかい!」

大絶叫したイリヤの口を慌てて塞ぐ。

と、その声を聞きつけたセイバーが飛び込む。

「何事ですか!!シロウ!!」

「士郎!!今イリヤの絶叫が聞こえたけど」

「先輩どうしたんですか?」

更にその後ろからも凛と桜が飛び込んでくる。

「い、いやなんでもない」

「何でも無い訳ないでしょう?」

「そうです!どうして先輩とイリヤちゃんが二人っきりでいるんですか?」

「それも極めて興味を覚える疑問ですね」

うわ〜やばいな〜どうやって説明しようかな〜

と思っていたらその脇からイリヤが極めて意地の悪い笑顔で

「それだったら簡単よ。シロウってこう言う物持っていたんだなって」

そう言ってイリヤが取り出したのは俺が自室に隠していた秘蔵の・・・あの本数種類。

と言うかどうやって取り出した!!

それ以前に何時持ち出した!!

更に大前提としてどうして知っている!!

「え〜っと・・・士郎・・・あんた・・・」

「先輩・・・」

「シロウ・・・」

三人とも俺を性犯罪者と決め付けるような視線は止めて下さい。

これ位男は誰でも持っていると思うが。

「ともかく」

「これは」

「没収です」

全部持って行ってしまった。

「はあ・・・まあ仕方ないか・・・あれがばれるよりは」

「ささやかな犠牲と言った所ねシロウ」

俺にとってはきつい犠牲だが。

「それにしても・・・驚いたわ。まさかシロウが『錬剣師』だったなんて・・・」

「イリヤそれは止めてくれ。師匠が勝手につけたし、それを他の魔術師の前で使われたら一発でアウトだし」

「そうね。何しろそれだけ有名だからシロウ。かの魔導翁の一番新しい弟子にしてかの『真なる死神』と同等の信任を受け、『シュバインオーグの代弁者』として指名を受けている者。何者なのか?使用する魔術は?全てが謎に満ちた正体不明の魔術師だけど、ただ判っているのはありとあらゆる剣をいずこと無く取り出し、何の制限なく行使し、幾多もの死徒や幻想種を『真なる死神』と共に打ち破ったと言う事。そうだったんだ・・・それだったらシロウがバーサーカーと打ち合えたのも肯けるわ。それにこの事がリンにばれたら確実に殺されるわね」

「その話あんまり大きな声で言わないでくれ。あと、危険極まりない事を笑顔で言わないでくれ」

潜めていた声を更に潜めてイリヤに頼み込む。

ちなみに今出てきた『シュバインオーグの代弁者』と言うのは師匠が決めたり名付けたと言うよりは弟子の系譜の魔術師達が名付けた事で(虫の良い事に師匠には事後承認と言う形を取ったという話だが)、その名の通り師匠の指示や言葉をその他の魔術師達や魔術協会、聖堂教会に師匠本人に成り代わり伝える者達の事で、後継者に指名される事の次に名誉な事とされている。

それに指名されているのは現在では俺と志貴しかしない。

では俺達が名誉に思っているか?

答えは無論『ノー』だ。

俺や志貴にしてみれば『呈の良い使い走り』以上の何物でも無い。

何しろ正体がばれない様にマントで全身を覆い、更にフードを深く被り、止めには仮面をつける。

そして代弁を行う時は低い声色を使う指示の徹底さ・・・

周囲から見ればさぞかし格好良く見えるかもしれないが俺達から見ればただの三文喜劇の主役だ。

これが名誉だと思うなら是非とも代って貰いたい。

『時計塔』、『彷徨海』、『アトラス院』、『埋葬機関』、『騎士団』を始め、果てには二十七祖の名目上のトップである十七位の城にまで『代弁者』として出されるのを名誉だと思うなら・・・

凛を代表するゼルレッチ老の弟子の系譜である魔術師達に喧嘩・・・いや決闘状を突き付けるような事を考えていたが話を戻そう・・・実は志貴が『裏七夜』と呼ばれる魔を滅ぼす仕事を担った者となってからだから・・・大体二年前から俺は師匠の厳命で志貴の助っ人と同時に実戦訓練を兼ねてと言う事で『裏七夜』の仕事につき合わされていた。

まあ、短時間で結構な報酬がもらえるので助かると言えば助かっている。

それに気が付けば俺の戦闘技術と投影技量はとんでもなく上昇していた。

『やはり実戦の方が呑み込みが速いな』

そう言っていたのは無論俺の師である。

「ねえシロウ、『聖杯』の事をあそこまで知っていたらどうしてすぐに『大聖杯』を破壊しなかったの?」

と真顔に戻るとそんな事を尋ねてくるイリヤ。

まあそれに疑問を感じるのは当然だろうな。

「ああ、それにはいくつか理由があってな。まず最初に『大聖杯』の場所がわからなかった」

「はあ?なにそれ?魔導翁だったら知っているんじゃあ」

呆れたような・・・実際呆れているんだろう、そんな声でイリヤが言う。

「いや、ご本人曰く『とっくの昔に忘れた』との事らしい」

だが事実と言うのは時として想像を遥かに超えるものだった・・・あの時だけは本気で殺意が沸いてきた。

「・・・じゃあリンに聞かなかったの?」

「馬鹿を言え。その当時は知り合いですらなかったんだ。いきなり初対面の胡散臭いもぐりの魔術師が『大聖杯は何処ですか?』なんて聞けると思うか?」

「それもそうね」

「で今から二年前にようやく場所を特定していざ破壊しようとしたんだがそこで第二の問題が発生した」

「第二の問題?」

「ああ、俺の投影出来る宝具にあれを破壊出来るものが無かった。あの当時は最高で『グングニル』が精一杯だったから」

「でも・・・ほらバーサーカーと互角に打ち合ったあの武器とかは?」

「あれじゃあ無理だって。さっきも言ったがあれは『投影反映』で担い手を技量を引き出したに過ぎないし、あれは対人用に限定される。第一全部宝具じゃなくて、業物、無銘の類だから」

「そうなんだ・・・」

「で苦労してようやく『大聖杯』を破壊出来る宝具を見つけて今度こそ破壊に赴こうとしたら第三の問題が発生した」

「今度はなに?」

「その時には『大聖杯』が極めて不安定になっていたんだ。何時『聖杯戦争』が起こっても可笑しく無いほど。その為に下手に破壊を強行すれば不安定な魔力が暴走して周囲に被害をもたらす訳にも行かなかったから」

何しろ『大聖杯』は柳洞寺の真下だ。

下手をすれば空洞が陥没する恐れだってある。

「どうする事も出来なかったから、とりあえず監視だけは続ける事にしたんだよ。安定したら直ぐに破壊する為に」

「でも安定した時には」

「そう『聖杯戦争』が起こる直前だった。これが最後の問題。何しろ周囲がぴりぴりしている中で極秘裏に『大聖杯』を破壊するなんて不可能だったからで、ここまで伸びたって訳・・・そう言えばイリヤは知っていたのか?『大聖杯』に潜むモノの事を」

「ええ、シロウほど明確って訳じゃないけど大聖杯に何かが潜んでいた事は知っていたわ。何しろ今回の『聖杯』は私だから

「!!イリヤ今・・・」

「だから私が『聖杯』なのよ。敗れたサーヴァントの魂を受け容れてこの身体自体を『聖杯』となす。ただそれだけの為に生み出されたのよ・・・シロウの言う通りもうアインツベルンの聖杯追求の理念は妄執の域に達しているわ・・・最も私はその為に生まれたんだけどね。アインツベルンの妄執を具現化させる為の道具として・・・」

「・・・」

俺としては言葉も出なかった。

「大丈夫よシロウ。私はもう『聖杯』になるつもりはないし」

「そうなのか・・・」

「もちろん。なんたって私はシロウの家族なんだから」

そう言ってにっこりと笑うイリヤ。

「そうだな・・・ああ、そうだ。イリヤこの聖杯戦争終わったら親父の墓参りに行こうか?」

「そうね・・・キリツグにも色々言いたい事があるから・・・行きましょう」

「ああ、約束だな」

「ええ、約束よ」

そう言って指切りをして約束を交わす。

この約束が果たされるのかどうかは俺にも判らない。

しかし、それでも約束したからには守り通そう。

イリヤと墓参りに行こう。

凛・桜・イリヤ、誰一人欠く事無くこの『聖杯戦争』を戦い抜こう。

そして・・・必ず『大聖杯』を・・・

と、その時廊下の電話が鳴り響く。

「はい衛宮です」

手早く俺が受話器を取る。

『ああ、士郎か。丁度良い』

「師匠?どうされたんですか?電話だなんて。いつもは直接こっちに来るのに」

驚いた・・・まさかゼルレッチ老から電話が来るとは思わなかった。

『うむ、少し所要で忙しくてな。それで士郎、『大聖杯』の方じゃが破壊は済ませたか?』

「いえ、まだです。何しろ俺もマスターに選ばれた上に・・・」

そこへ都合良く

「士郎―!!誰から電話なの〜」

「ああ!俺の知り合いだから〜・・・と言う訳です」

『なるほどな・・・遠坂もいるのか・・・わかった。それなら良い。『大聖杯』を破壊したら直ぐにわしに連絡を入れてくれ』

「はい。判りました」

そう言って電話が切られる。

「なんだったんだろう・・・急に・・・」

その答えを知るのは『聖杯戦争』終戦後となる。







それと同時刻・・・

「凛、これで良かったのかね?」

アーチャーがマスターに確認を取る。

「良いに決まっているでしょう??セイバーとバーサーカーが手を組んだ以上、今は勝ち残れる可能性が高い方にいた方が良いわよ」

「勝てば官軍か」

「あんた妙な言葉知っているわよね」

「まあな。だが衛宮士郎が本当に信頼出来るとは一概に言えまい。何時隠していた野心を剥き出しにするかわからんぞ」

「大丈夫よ。もし士郎がそんな奴だったら私も桜も長い間通ったりしていないわ。それと士郎は自分から私達に危害を加えるような奴じゃない。そこだけは一応信用しているから。とにかく今は士郎と同盟を結んで聖杯戦争の展開を見極める。それから士郎と敵対するしないを決断しても決して遅くは無い筈よ」

「・・・ふむ・・・やや不満が残るが仕方なかろう・・・それと凛」

「何よ」

「年頃のレディがその様なものを食い入る様に見ると言うのもどうかと思うが・・・」

黙れとばかりにガンドが打ち放たれる。

しかし、アーチャーが嘆息するのも仕方が無かった。

何しろ今凛の客間では

「先輩・・・こんな物まで・・・」

「シロウ・・・」

桜とセイバーを含めた三人で士郎から没収したあの本各種を食い入る様に見ていた。

「これはあくまでも調査よ。黙っていなさい」

どんな調査なのだろうかと、疑問に思うでもないがマスターの命令であるので一応黙っていた。

しかも何故かライダーすらもその輪に混ざっていたのが極めて気になった。

ちなみにこの調査は数時間続き彼女達は喜んだり沈んだりと一喜一憂で忙しかった。







これと同時間の出来事である。

「アサシン、ご苦労であった」

「いえ」

薄暗い地下室でアインツベルンの森において士郎を襲撃した髑髏の仮面をつけたサーヴァント・・・アサシンは主と思われる一人の老人に畏まっていた。

彼こそ間桐臓硯。

『天の杯』作成に携わった三大家の一つ間桐の事実上の当主にして二百年前『大聖杯』完成に携わった最後の生き証人、第三魔法完成・・・いや、その成果を得る為に病的なる執着と執念を見せる異形の蟲使い。

「それでどうかな?」

「はっ、やはり遠坂の二人の娘は揃ってマスターとなり申した。アインツベルンの手の者も・・・それともう一つ軽視出来ぬ者がおります魔術師殿」

「??何じゃ」

「ジョーカーでございます」

「ジョーカー??」

「はっ・・・」

それから暫くして・・・

「く・・くっくっくっ・・・かっかっかっ・・・そうか・・・かの衛宮の子倅が・・・」

己のサーヴァントより事情を聞き及んだ怪老は静かに笑う。

「ご存知で」

「ああ、とは言え有名なのは父親の方じゃが・・・そうか倅の方も・・・それならばお主にも動いてもらおうか・・・のう慎二」

「・・・はい、お爺様」

臓硯の視線の先・・・その暗闇には蟲に埋もれて蹲る人影があった。

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